教えて達人!あなたの健康習慣

エンデュランスロードレーサー 永関博紀さん《前編》「世界を舞台にエンターテイメント×挑戦をやる」

いろんな業界の第一線で活躍されている達人に、日頃の健康習慣についてインタビューする「教えて!あなたの健康習慣」。第七回目のゲストはエンデュランスロードレーサー永関博紀様です。

 

『今回の達人』

エンデュランスロードレーサー 永関 博紀 (ながせき ひろき)さん

 

プロフィール

●経歴

北海道砂川市出身/在住、国立小樽商科大学卒業後、大手IT企業に入社。ネット番組プロデューサーとして数年間従事。その後タレントを目指し退社。昨年10月に、自転車による日本縦断の世界最速記録を樹立(非公認ながら2700kmを9日間で走破)

●現在

世界五大陸それぞれに存在する縦断(横断)最速記録。それを全制覇するプロジェクトを立ち上げ、様々な企業のバックアップを受ける。今夏のアメリカ大陸横断を皮切りに、五大陸すべてで最速記録を目指す。5月11日に株式会社サンクロレラとメインスポンサー契約を締結、五大陸を舞台に前人未到の挑戦を仕掛ける。

 

 

——— 幼少期はどのようなお子様でしたか?

 

永関博紀様(以下、永関) 僕は6人兄弟の4番目なんですけど、2人の兄が少年野球をしていたので、つられるがまま小1から野球をやっていました。
北海道でも優勝するほどのチームで、とにかく超スパルタで、休みがあったか覚えてないぐらいです。ピッチャーをやっていたんですが、1日300球投げ込む日もあるほどで。もう野球をやってる記憶しか無いですね。笑

 

——— 体以上に精神面が鍛えられそうな気がしますね。つらいな、とは思わなかったですか?

 

永関 小1からずっとそうでしたし、それが当たり前だったので、つらいとかは思わなかったですね。ただ、遊ぶ時間がほぼ無かったです。

小さい頃は体が小さかったので、小さいなりに頑張ってたんですけど、大学・社会人くらいから体が大きくなってきて、めきめきと力をつけはじめました(自己評価ですが)。
どんどん野球が面白くなっていきましたね。年取るにつれてより打ち込んでいきました。

 

——— 一時、プロ野球選手を目指していた時期があったと伺いましたが、野球への想いが高まっていったのですか?

 

永関 少し話は逸れますが、数年前まで東京で番組制作の仕事をやっていたのですが、自分も演者として直接感動を届けたいと、3年弱で退社しました。その後売れないお笑い芸人をしたりと、正直ハリのない生活をしていたのですが、野球と筋トレだけは続けてまた。野球が好きで仕方がなかったんです。受かるかどうかはさておき、一度トライアウトを受けたいなと思って。最初は独立リーグを目指そうと、虎視眈々とトレーニングしてました。

 

——— トライアウトを受けてみられて、どうでしたか?

 

永関 結局、受ける前に肩を壊しちゃいまして。筋トレのし過ぎでした。球がまったく投げられなくなるんですよ。
そこからはもうひどい生活でしたよね。やりたいことが見つからず、ひたすらダラダラする日々が続きました。

 

——— そこからなぜ自転車で日本縦断ギネス記録に挑戦しようと思われたのですか?

 

永関 何か打ち込めるものを見つけなければと、ゼロにリセットされた状態での模索の日々でした。その中で、「世界を舞台に、エンターテイメント×挑戦をやる」と一つの答えを出します。間寛平さんのアースマラソンのようなイメージですね。それらの要素は今までの人生を振り返った時の夢や目標でした。マラソンはキツイなと思ったんで、じゃあ自転車か、と。

「世界へ行くにはスポンサーや様々な協力が必要で、そのためにも何か実績が欲しいな」ってことで、色々見ていたら日本縦断のギネス記録があることを知りました。忘れもしない去年の7月10日です。その場でギネス記録に申請しました。日付変わって7月11日「あ、自転車が無い」ってことに気付きます笑

それまでの記録保持者がイタリア人だったので「これは日本人が、日本のメーカーでとるべきだろう」と思い、深夜だったんですが、とある自転車メーカーに問合わせフォームから、自転車提供願いのメールを送りました。すると、翌日の朝一に社長さんから電話がかかってきて「是非使ってください」と言って頂けたんです。嬉しかったですね、目標もない日々の中で、何か目指せるものが出来たこと。そこからもアポ電を繰り返し(60社は電話しました笑)、キャンピングカーやスポーツドリンク、ウェアなど、必要物資を用意していきました。

 

 

——— ギネス記録を樹立するまでは、そこから3ヶ月ですよね。すごく短いと思うのですが、その間のトレーニングはされていたんですか?

 

永関 自転車に関しては全くの素人なので、どこから鍛えたらいいか分からなかったんですが、とにかく漕ぐ事だと思って、実践もかねて一度北海道から仙台ぐらいまで自転車で行きました。3か月間で3000kmくらいでしょうか、とにかく漕いだって感じですね。

 

 

——— ギネスにチャレンジすると決めて、トレーニングや準備をしているとき、ご家族の反応はいかがでしたか?

 

永関 母と姉には、かなり冷ややかな目で見られてましたね「何してんの?働きなさいよ」みたいな。男性陣はというと、父と兄らはキャンピングカーで帯同してくれるぐらいでした。父は大好きなんです、こういうの。笑
挑戦中は、母や姉妹、長男らも遠隔で道の選定など、最終的には色々支えてくれました。本当に、家族皆でとった記録だと思っています。

 

 

——— ノリのいいご家族で良かったですね。

 

永関 はい。今となっては「どんどんやれ」みたいな感じで応援してくれてます、おそらく笑
それに応えたいなと思ってますし、掴みかけてる夢を離したくないという思いです。

 

後半は、ギネス記録挑戦中の道中のこと、そしてこれからチャレンジする世界五大陸縦横断最速記録プロジェクトについてお聞きします。

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