教えて達人!あなたの健康習慣

落語家 露の団四郎師匠《前編》「笑いは活力、笑ってストレス発散」

いろんな業界の第一線で活躍されている達人に、日頃の健康習慣についてインタビューする「教えて!あなたの健康習慣」。第五回目のゲストは、落語家 露の団四郎師匠です。現在NHKで放送中の連続テレビ小説「わろてんか」でも主役の方に指導を行われたり、数々の寄席で高座に上がられたりと活躍中の噺のプロに健康の秘訣を聞いてきました。

 

露の団四郎師匠

 

『今回の達人』

落語家
露の団四郎(つゆのだんしろう)師匠

 

プロフィール

露の團四郎(つゆのだんしろう、1955年4月13日 – )は、福岡県出身の落語家。団四郎とも表記する。出囃子は『炭坑節』。

福岡県立戸畑工業高校卒業。

1977年 上方落語の重鎮である露の五郎師に入門。
1978年 京都会館で行われた「露の五郎30周年リサイタル」にて初舞台を踏む。
以来、各地の落語家、寄席で活躍する。
1985年 師匠が得意とする怪談噺にも取り組み、さらに芸の幅を広める。
師匠に続き、自身も「大阪にわか」の世界に飛び込む。
1986年 大阪にわかの名跡四代目一輪亭花咲(はなさく)を襲名。
1991年 「第1回 露の団四郎バースデー独演会」を国立文楽劇場にて公演。
以来、毎年4月にバースデー公演を開催。
2002年 上野鈴本演芸場で昼席の主任(トリ)を務める。

踊りと大阪俄(にわか)にまじめに取り組み、俄の方では四代目一輪亭花咲(はなさく)を襲名。俄で磨いた芸を生かして芝居噺にも意欲的。 怪談噺、大阪にわか、バナナの叩き売り、ガマの油売り、南京玉すだれ、またフニャフニャの顔面を生かした百面相など、大道芸を得意とする。特に百面相は、東京の小さん師匠と、上方では団四郎がただ一人の演手である。現在は、各地の落語会、地域寄席、講演会などに、意欲的に取り組んでいる。楽しい講演と落語の実演は各地で大好評を得ている。

 

——— まず、幼少期はどのようなお子様でしたか?

 

露の団四郎師匠(以下、団四郎) 子供のころは身体が弱かったですね。足の指が重なっちゃったような状態で生まれまして、僕は覚えてないですが、子供の頃にアキレス腱のところを切って手術したと聞いています。だから足は弱くて、もう歩くとか走るとかも遅かったし。マラソン大会とかはなんやかんや言うて出ませんでしたね。運動会は出てベベタなっても、必ずね、言い訳があるんですよ。僕らのとき、運動会は靴やなくて裸足やったんでね。石ころ踏んで痛かってん、足で踏んで痛かってん、て。

なので、病弱というわけではないけど、丈夫な子供ではなかったですね。

 

——— でしたら、活発というよりかは物静かな感じですか?

 

団四郎 どっちか言うたら物静かかな。でも目立つのが好きやったという面はありますね。

 

 

——— 落語に出会ったきっかけはなんだったのですか?

 

団四郎 小学校三年の時にテレビで、九州の田舎もんやからね、生で見ることはないんでテレビで落語を見て、なんて面白いんだと思うて。

 

——— それはどなたの落語を?

 

団四郎 もう亡くなりましたけど先代の桂文治師匠の落語でした。その頃はまだ桂伸治さんていう名前で。しっかり覚えていますね、鮮明に。小柄なんですがパワフルで、面白かったんですよ。むちゃくちゃ面白かった、なんでこんなに面白いんや思うて。すごいなと思いましたね。

東京の僕と同じキャリアぐらいかちょっと上ぐらいかなーという方もほとんど文治師匠に影響されて入って来てはる人が多いですね。上方で言うたら枝雀師匠に憧れて入ってきた人が多いのと一緒で、それぐらいの方やったんです。

 

——— その後、落語家になられてから桂文治師匠には会われましたか?

 

団四郎 会いました。東京でお会いした時に嬉しかったですよ。うちの師匠と一緒に東京行ってた時に文治師匠に会ってむちゃくちゃ感動しましたね。うわー文治師匠や!言うて。小学校三年の頃からのあこがれのスターですからね、僕の大スター。

 

 

——— 本格的に落語家を目指されたのはいつごろですか?

 

団四郎 中学ですね。中学卒業したら落語家になりたかったですから、高校なんて行かずに。でも、親に言うたら反対されて、とりあえず高校だけは卒業しとかないかんぞと言われて。で、父親に受験だけしろっていうんで、試験だけ受けたんですが、受かる気がないから5教科全部白紙。名前だけ書いて。その後、面接があるんですが、名前と生年月日と親の勤め先を聞かれるんですよ。でも父親の勤め先と名前言うの嫌やったんですよ、わかるから。誤魔化してたんですが、とうとう怒られて言ったら「あ、◯◯さんとこの息子さん!どうぞお帰りください」って。で、受かる気ないのに通っちゃって。

でも、高校三年間、ずっと落語家になりたかったですね。高校入ってすぐ落研ブームやったんですが、僕ら田舎の工業高校ですから、そんなもん興味あるやつ誰もおらんから、一人でこっそり落語を楽しんでいました。当時はラジオやテープでね。楽しみました。

 

——— では二代目露の五郎兵衛師匠とはどのように出会われたのでしょうか?

 

団四郎 実は高校一年のときにうちの親父が亡くなって学費どうしようか言うことで街の奨学金てやつで高校に行ってたんですが、これもえらいもんで、卒業したら返せてなこと言うさかい、とりあえず卒業して三年間働いて返したんですよ。で、晴れて身軽になったんで、噺家になりたいと言うて、親戚筋を辿っていったら、吉本新喜劇の井上竜夫さん、竜爺を紹介してくれることになってね。で、竜爺が、ほなら言うて、うちの師匠、二代目露の五郎兵衛を紹介してくれてそん時はまだうちの師匠が吉本やったからね。

言うても、うちの師匠は訛りのある人間は弟子に取らん、とくに九州は無い、取るものかって言うくらいの人だったんですが、竜爺の紹介やから断るに断れん言うて弟子に取ってもらいました。

ただ、その後、一言一言直されましたからね。そら、朝起きておはようございます言うたら、訛ってる。おやすみなさい言うたら、訛ってる。やから、僕より師匠の方が絶対大変やったと思いますよ。

 

——— 訛りを直すのも大変ですけど、さらに関西弁を習得する、しかも落語の言葉は普通の関西弁とも違いますから、大変ですよね。

 

団四郎 関西弁はね、覚えるんですよ。でも落語が好きやったから、関西弁を覚えるのは楽やった。ただ、イントネーションがわからへん。これを直すのが大変やった。でね、大阪落語辞典ちゅうのがあるんですよ。それを師匠から頂いて、言葉のイントネーションが書いてるんです。棒が、上がったり下がったり書いてあってね、分からんかったらこれで勉強せぇ言われて。

 

——— 露の五郎兵衛師匠、優しいですね。

 

団四郎 まあ一言一言24時間ずっと言うたら大変やし、分からんかったらこれ見とけーって。

 

——— 落語の修行、勉強というのはどういったものなんでしょうか?

 

団四郎 僕は内弟子やったんで、寝る部屋だけ別やったんですが、起きてから寝るまでずっと一緒なんで、修行は掃除洗濯ご飯下ごしらえ、そこから始まりますよね。身の回りのしつけを教えてもらうわけだから。礼儀作法とか。んであとはネタについてはそこそこ。

ネタはこっちからお稽古してください言わん限りはない。絶対、暇やから稽古しよかってのは一言もないですからね。師匠のスケジュールを見てこの日は空いてる、この時間帯でお願いできますかと言うてこっちが稽古をつけてもらう時間を探さんと、そのままずーっと行ってしまう。ほっといたらそのまんまですわ。稽古せん限りは舞台に出れませんから。ネタ上がらん限りは。

 

——— 内弟子中ってお給料とかも出ないわけですよね?

 

団四郎 修行中は給料は出てないですよ。その代わりに師匠が衣食住の全部面倒見てくれますからね。うちの師匠は他から考えたらすごい方やなって思いますよ。だってね、年金あるじゃないですか。僕は三年働いていたから社会保険から国民年金に変わるじゃないですか。変えたら三年間ずっと支払っておいてくれてた。他ではないんちゃいますか。有難かった。

 

——— 内弟子として入って修行の期間はどれくらいなのですか?

 

団四郎 修行期間は基本三年間。給料は無いですが、僕の場合は言うたって落語家になってお手伝い賃とかはくれたりしますわな。他の落語家の前座とかいうてちょこちょこ仕事行くじゃないですか、ギャラ発生したら全部それは師匠のところへ預けるわけですよ。そのうちの1/3は貯めといてくれはったんですよ。2/3は何に使うか言うたら、三年間の年期明けの時の着物に言うて。

 

——— 修行中では辛かったことはありますか?

 

団四郎 辛いのは、寝たい。早く寝たかった。眠たい。もうね、師匠が寝てええでって言うまで寝たらあかんわけですよ。で、僕師匠について行ってない時は師匠が何時に帰ってくるかわからんから、それまで家にいてるわけじゃないですか。家で待ってるわけですから。奥様と子供達と一緒にね。何時に帰ってくるかわからんから、二時や三時にタクシーで帰って来たらファーって起きてパーって電気つけて鍵玄関開けてお疲れ様でしたって行かなあかんわけですよ。そこで寝てたら怒られるから(笑)向こうは機嫌よう帰って来てそこでまた失敗するわけです、僕はね、なんかね。失敗したらそこで説教が始まるわけです。延々と。そしたら、もっと寝れん。んで、朝起きていく時間は一緒なんです。なんぼ三時になろうが四時になろうが、朝七時には仕事場に行って、掃除から始めないかんから。犬の散歩と掃除と。だからとりあえず寝たかったですね。早く寝たい~とずっと思ってましたね(笑)

 

——— 修行中、食事はどうされるんですか?

 

団四郎 食事もずっと師匠のところで、奥さんが作る。下ごしらえは僕も一緒に手伝うわけです。買い物から全部、あれ買うてきてってメモを頂いて買い物に行くわけです。うちの師匠は食が凝っててね、豚肉は神戸、牛肉は大阪、豆腐は京都、買うとこは決まってますのん。

 

——— えー、大変ですね。

 

団四郎 お昼に厚揚げと薄揚げを焼いて食べるのが好きでね。厚揚げと薄揚げは甲子園。

 

——— こだわりがすごいですね。でもその分、美味しいものが一緒に食べられますね。

 

団四郎 そうそうそうそう、料理は美味しかったですよ。奥さんの料理は何食べてもむちゃくちゃ美味しかった。

 

露の団四郎師匠、誓願寺の寄席にて

 

——— 話が変わるのですが、初舞台は緊張されましたか?

 

団四郎 緊張しましたねぇ。うちの師匠の30周年のリサイタルコンサートというか、言うたらまあ独演会ですわな。それを京都会館でやったんですよ。師匠の30周年リサイタルっていうタイトルやから落語がありの歌がありのお芝居がありの、大きな舞台やったんですよ。緊張しました。

 

——— 今でも緊張されますか?

 

団四郎 今はそうでもないですけどね。

 

——— 高座に立つときはいつもどんな心境で臨まれるんですか?すごい気合を入れて臨むのか、それとも普段通りで臨まれるのか?

 

団四郎 ちょっと気合を入れて「よしっ!」って感じで行きますね。

 

——— たくさん練習していても間違ったりすることあるんですか?

 

団四郎 間違うというか噛むときありますね。体調によりますね。体調が悪いのは、大体昨日飲み過ぎたなぁってとき。笑

 

——— 「笑い」は健康にいいと思いますか?

 

団四郎 いいでしょうね。「笑い」はむちゃくちゃ健康に良いと思いますよ。笑うのはね、人間だけの特権ですから。ちょっとこうストレスが溜まっていても、笑うことで発散できたり。で、我々は笑うより、笑ってる皆さんの姿を見るのがストレス発散になるわけです。笑ってもらったーとかウケたーっていうのが一番ストレス発散になりますね。

 

——— 笑い健康法みたいのもありますもんね。

 

団四郎 そうそう。声を出して笑う、これが一番いいんですよ。声を出して笑うと、息を吐くでしょ。で、息を吐いたら今度は息を吸うでしょ。大きく息を吐く、大きく息を吸う。そうするとね、横隔膜も動くし、横隔膜が動くとお腹も空くし、お腹が空いたら、ご飯も美味しく食べられるし。だから笑いは活力を生むんですわ。

 

——— 笑いは活力、なるほど。

 

団四郎 それにこちら側からすると、ウケたお客さんの笑い声が活力になるわけです。やったー!ていう気で舞台を降りてこれますしね。こういう世界に入っている人は、みんな、この笑いを与えているという方でストレスを発散してるんやと私は思う。ウケるということがね。ウケたときの笑い声、最高ですよ、感動ですよ。だから、これが自分なりのストレス発散になってますわな。

嫌なことがあったときも舞台に立つと全部忘れてますからね。それでウケたらスカッとしますね。

 

 

後編は、こちら、落語家 露の団四郎師匠《後編》「高座では噛んだらあかんけど、食事はよく噛む」です。

 

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